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令和にもうすぐなりますが・・

 

平成が終わりつつあり

新しい年号

令和になりますが

 

メイクにもその時代で

流行りがありまして

 

今回は

大正~昭和初期まで

さかのぼって

当時のメイクを

調べてみました。

 

大正デモクラシーの時代で

西洋の文化がどんどん

日本に入り込んできた時代です。

 

当時の女子は

どんなメイクをしてたのか

気になりませんか?

 

なんと今で言うところの

ノンノやクロワッサンのような

女性向け雑誌ががんがん

発行され始めていたんですね。

 

 

そこには

お料理や裁縫なんかの情報といっしょに

メイク特集なんかも掲載されるわけです。

 

 

当時は西洋と和のミックスを

楽しむという風潮がありまして

 

現代でいう

ファンデーションは

水白粉や練白粉に

粉白粉を

クリームとあわせ使いしたり

(当時は襟化粧といって

襟やデコルテ部分まで

白粉塗ってたから大変!!)

 

口紅も舶来品の水紅を

使ったりされてたようです。

 

大正女子は職業婦人も増えてきて

 

オフロに入って

水白粉を筆につけて

襟元や顔に

ペタペタなんて

お化粧を優雅にやってる

時間はないので

 

粉白粉をはたくだけの

時短メイクなんかも

あったそうです。

 

 

当時は

いわゆる玉の輿に

乗ってちょうだいという

親の願いもあり笑

 

 

女学生さんもお化粧してました。

 

今なら怒られるとこなんでしょうが

いいとこの坊っちゃんに

見初められることを

視野にいれて

美人さんに見せるための

お化粧は当たり前だったようです。

 

無事嫁ぐと

 

今度は30歳でお化粧を

若いときのように

大ぴらにするのは

ちょっとね・・・と

なってしまってたようです。

 

当時は

出産して育児をしてしまえば

その後の生活にメイクは

いらないでしょ?という

ちょっと切ない考えが

あったみたいですね。

 

 

でも

 

したいわけですよ。メイク笑

 

どうしてたかというと

超薄化粧。

いわゆる

スーパーナチュラルメイクを

してたそうです。

 

その名も

「忍化粧」

しのびけしょう

 

どんな技じゃ・・笑

 

現代なら

もう美魔女ですよ笑

ガンガン

30.40.50.60.70.80歳

関係なく

自由にフルスロットルで

メイクを楽しめるわけです。

 

なんて素敵な時代でしょう!!

 

平成は終わりまして

令和になるわけですが

 

お化粧は

古代の儀式からスタートして

平安・江戸・そして

戦前戦後と

廃れずに

残ってきているわけです。

 

なぜかというのは

今度お話しますね。